13年もの間、積み重なった赤字を<br>3年で脱して黒字に導いた、その手腕に迫る!

2018.06.27

13年もの間、積み重なった赤字を
3年で脱して黒字に導いた、その手腕に迫る!

13年もの間、積み重なった赤字を<br>3年で脱して黒字に導いた、その手腕に迫る!

株式会社紀文 代表取締役社長

向井公規さん<後編>




食べ歩きできるグルメでヒット商品を生み出した
向井公規社長は、
なんと、まったく異業種といえる美術館経営でも
赤字脱出、黒字転換に成功されています。

向井さんが経営される「飛騨高山美術館」は、
ミシュラン三つ星を5回連続で獲得している、
世界有数の装飾美術館。

しかし、高い評価とは裏腹に、
その運営はかなり厳しいものだったそうです。
レストラン経営とは異なる視点で、
「地元に愛される場」としての美術館を目指し、
見事黒字へと導いた向井さんの手腕とはーー?



一般には敷居の高い場所に人を呼ぶ。
当たる企画につながった思いとは?


鈴木:「飛騨高山美術館」は、どんな経緯で建てられたのでしょうか。

向井:これは父の趣味が高じてできたものです。
   自分がちょうどハワイにいる時、1997年に開館したんですが、
   これを建ててから、実は会社の経営がだんだん大変になってきて(苦笑)。
   それで、戻ってきてくれと言われたんですけどね。

鈴木:向井さんが美術館経営に携わるようになったのは、いつ頃からになりますか?

向井:8年ほど前から美術館の経営に本格的に取り組み始めました。
   でも、なかなか利益を出すのは大変でした。
   美術館が建ったのが21年前で、
   自分が入ってからも最初の3年くらいは赤字でした。
   もちろんそれ以前も、もれなく赤字。
   やっと決算書上で黒字になったのは去年のことです。
   とにかく黒字にしていこうということで、現在も必死に頑張ってます。

   私が関わってからは、まず、ブライダルのプランを企画したり、
   夏は天然芝の庭が広がっているので、
   それを利用してビヤガーデンを開いたりというところから始めました。

   正直、入館料を払って来てくれる地元のお客様はほとんどいないんです。
   観光客はいらしてくれるんですけどね。
   飛騨は交通網があまり充実してないので、
   たとえば震災などで土砂崩れがあったら、
   すぐに周辺の都市と分断されてしまうような立地です。
   それを感じた時、あらためて地元の人たちに向けて、
   この場所を運営していきたいと意識するようになりました。
   ブライダルは、最初の頃は申し出があったらやろうというスタンスでしたが、
   近年はちゃんとした事業としてやっています。

鈴木:豊かな自然の中に建つ、とても美しい美術館ですよね。
   ここで結婚式を挙げるというのは、すごく素敵だし、
   参列した方にとっても、良い思い出になるでしょうね!
   この美術館に展示されているのは、装飾美術ということですが、
   具体的にどういったものが収められているのでしょうか?

向井:アール・ヌーヴォーやアール・デコの工芸品、家具、装飾品がメインです。

鈴木:それはお父様が趣味で集められた?

向井:それも一部ありますが、好きなものっていうよりも、
   歴史的に重要なものをという観点で集めてあります。
   時代の系譜がしっかりわかるようなラインナップで揃えています。

鈴木:美術館という目的が、はっきりおありだったんですね。

向井:まあ、相当パワーがある人で。あと、父は「箱」を作るのがすごく好きなので、
   そこにはえらいお金をかけちゃったりするんですよ(笑)。
   この美術館も、イギリスのビクトリア&アルバートミュージアムを意識して
   作ったらしいです。

鈴木:確かに、外観は近代的でシャープな印象ですが、
   内観、特に19世紀末インテリア館などは、
   とても凝った展示の仕方をされていますね。



世の中の動向を見逃さない。
迅速に他店との差をつけるワザ。


鈴木:この「美術館」という非日常の場所を使って、向井さんはブライダル、
   ビアガーデンのほかにも、さまざまな企画をされているそうですが。

向井:地元の人に集まってもらえるイベントを、いろいろ実践しています。
   芸術を楽しみながらのワイン会、音と芸術と食事を組み合わせた企画とか。
   池があるので、光と音と踊りとのイベントなど、
   ランドスケープとして利用したり……。
   富山の「越中八尾おわら風の盆」の方々に来ていただいたりもしました。
   いま考えているのは、芸術年表と料理年表を重ねた催しです。

鈴木:料理年表……?

向井:芸術にはその系譜を表す年表がもちろんありますが、
   料理にも同じような年表があるんです。
   料理年表と芸術年表を重ねると、
   たとえば「エミール・ガレが何を食べていたのだろうか」
   ということが、文献をたどってわかるわけです。
   
   いま、もう取り掛かっていて、年内にはそれを形にしたいと思っています。
   イタリアンの奥田政行シェフと懇意にさせてもらっているので、
   一緒に「あの芸術家が食べていたものを再現しようか!」とか、
   何かそういう、コンセプトのあることを、
   「美術館のレストラン」という特別な場所で実現したい。
   あと、料理人の聖地にしたい、という目標もあります。
   芸術愛好家だけではなくて。

鈴木:さまざまなアイデアをお持ちですね。
   その企画、私もぜひ体験、というか、味わってみたいです。

向井:一方で、地道な努力も常にしています。
   たとえば、今年の夏、
   ビアガーデンを始める前にアルコール類の値上げがあったんです。
   その発表があったと同時に、
   仕入れ先に「ビアガーデン分は元の価格で卸して欲しい」とお願いして、
   2ヶ月分の樽を全部押さえ、うちは従来通りの値段で出すようにしたんです。
   おかげさまで、ビアガーデンはすごく賑わって、
   お客様にも喜んでいただけました。

   情報が入ったら、すぐにうちは何ができるか、
   お客様にどう対応できるかを考えます。

   自分らは株式会社の運営なので、補助金も助成金ももらえないですよね。
   だから、利益を上げていかなければいけない。
   黒字にできる運営を、しっかりと証明できるようにしたいです。
   「美術館・博物館黒字化計画」を立案して、その情報を伝えることができれば、
   日本中の美術館のお役にも立てると思ってます。

   目標は、「200年続く美術館」です。
   私の父親が、「この建物は外壁に大理石とガラスを使っているし、
   構造自体、200年持つようにできている」と言っていたんですね。
   それを、私は勝手に「200年続けろ」ってことだと解釈して。
   でも、お金と人が続かないと、それは叶わない。

   まずは、美術館の経営で、キャッシュを確実に生めるようにする。
   そして、一つでも多くの美術館・博物館がイキイキできるような
   仕組みを作れたらいいなと思いますね。

鈴木:黒字という目の前の目標の先に、大きなビジョンがおありなんですね。



ビジネスで使えるアイデアを手に入れる
簡単かつ確実な方法。


鈴木:向井さんは、アルマクリエイションズの「完全攻略塾」を受講されましたが、
   学ばれたことは、どんな風に事業に役立ちましたか?

向井:私は、もともと神田先生の書籍を全部読んでまして……。
   本は結構読むほうですが、神田先生の本は、
   どれも流し読みではなく、じっくり熟読させてもらってます。
   受講のきっかけは、たまたまネットで見つけて、
   「本だけじゃなくて直接声を聞いて体系的に学べたら幸せだな」
   と思って申し込みました。

   完全攻略塾を実際受けたら、これまで「知ってるつもり」だったことが
   多かったってことに気づけましたし、
   神田先生の20年くらいの体験や実践が凝縮されているので、
   とてもわかりやすかった。
   
   それを従業員にも共有してもらおうと、
   『稼ぐ言葉の法則』を配って、いま社内で教科書にしてます。
   この本の「売れる公式」1〜41を読んだ上でアイデアを出してもらい、
   活用しています。
   読み込んでる子は、結構深く読み込んでますね。

鈴木:教科書に! それを始められて、変化は起こりましたか?

向井:いままで、発想のベースになるようなものがなかったので、
   従業員はそれぞれが思いついた、それぞれのアイデアを出していました。
   そうすると、結果として足して2で割った意見になっちゃう。
   「せっかく言ってくれたから」というような気遣いが双方で起こって、
   アイデアを融合させちゃうことが多かったんです。
   まとめ方としてはきれいかもしれないけど、実際形にすると、
   ビジネスとしては説得力がないものになってしまう。

   しかし、この本をベースにしたら、
   「ここに書かれているこれで、こう思った」
   という発想の確かな足がかりになる。
   ちゃんとビジネスとして使える意見になってるし、
   譲り合ったり気遣ったりみたいな、変なまとめ方もなくなりました。
   始めて1ヶ月弱なので、まだまだこれからもっと変わるんじゃないかと思ってます。

(おわり)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

<向井公規さんプロフィール>
むかい きみのり 株式会社紀文 代表取締役社長
ハワイの大学とビジネスカレッジで観光学、コンピューターサイエンスを修め、ホテルや旅行会社で実践を学びながら、インターネットでハワイのグッズやブランドを販売する会社を立ち上げる。事業は順風満帆ながら、ビザが切れたことを機に26歳で帰国し、東京のIT企業でプログラマー、システムエンジニアとして活躍。その後、30歳で故郷の飛騨高山に戻り、父の事業に参加。8年前から美術館経営、飲食事業の経営に携わる。

レストラン花水木
飛騨高山美術館